[名護市長選 2022・1・23]

 【名護市長選取材班】辺野古新基地建設が大きな争点となる沖縄県名護市長選が23日、投開票される。同市長選では1996年の日米両政府による普天間飛行場の返還合意以降、辺野古問題の是非が繰り返し問われてきた。7度目の今回は、新基地建設反対を訴える新人で前市議の岸本洋平氏(49)と、現職で「県と国の係争を見守る」と賛否を示していない渡具知武豊氏(60)の一騎打ちとなる。過去の市長選を振り返る。(肩書は当時)

【1998年】

 反対が過半数を占めた97年12月の名護市民投票の3日後、当時の比嘉鉄也市長が海上基地受け入れを表明し辞任した。

 これに伴う市長選では、比嘉氏後継の岸本建男前助役が「海上基地問題を凍結し知事の結論に従う」、反対派の玉城義和前県議が「民意に従い海上ヘリ基地阻止」と訴え、岸本氏が1150票差で初当選した。

【2002年】

 稲嶺恵一県知事と岸本市長が99年に15年の使用期限などの条件付きで辺野古移設の受け入れを表明してから初の市長選となった。

 前回市長選で反対派候補を推した公明党は岸本氏支援に回った。ヘリ基地反対協元代表の宮城康博氏は「県内移設は許されない」と対抗したが、岸本氏が9208票の大差で再選を果たした。

【2006年】

 日米間で二転三転した移設案が2005年、沿岸案で合意。同年、沿岸案に反対の姿勢だった現職の岸本氏が勇退を表明した。

 後継として市議会議長の島袋吉和氏が立ち、反対派は我喜屋宗弘氏と大城敬人氏に分裂。島袋氏が反対派の合計を1381票上回り初当選した。

【2010年】

 09年「最低でも県外」を掲げた民主党政権が誕生した後、初の選挙だった。

 2期目を目指す島袋氏は条件付き容認の立場。前市教育長の稲嶺進氏は「陸にも海にも新基地は造らせない」と対抗し、島袋氏を1588票差で破り、辺野古移設が争点となり4度目にして初の反対派の勝利となった。

【2014年】

 13年12月の仲井真弘多知事による辺野古の埋め立て承認直後の市長選。前県議の末松文信氏は市長選候補者で初めて辺野古移設の推進を表明。07度年に始まった米軍再編交付金を活用した経済振興などを訴えた。

 稲嶺氏は「市長権限を使って新基地建設を止める」と反対姿勢を貫き、10年よりも得票を伸ばし再選した。

【2018年】

 政府が14年に辺野古沿岸の工事に着手し、新基地建設が実際に進む中で初の市長選となった。

 3選を目指す稲嶺氏は新基地断固反対の姿勢を固持。新人で前市議の渡具知武豊氏は賛否を明言せず、再編交付金は「受け取れるのであれば受け取る」として子育て充実を訴え、3458票差で初当選した。