「かりゆしーぬーあーしびー」-。日曜日の午前10時ごろ、宜野湾市真栄原の佐真下公園の小高い丘の一角から、琉球民謡「阿波節」などの歌三線が響いてくる。公園の利用者から「朝のひと時、心地よい響きが木々の間から伝わる。心が癒やされる」と評判を呼んでいる。真栄原老人クラブ会長で、琉球國民謡協会師範の岸本博次さん(79)の門下生が稽古する光景だ。

朝のひと時、民謡の稽古に励む岸本博次さん(右端)と門下生=16日、宜野湾市・佐真下公園(撮影時のみマスクを外しています)

 岸本さんは教室は構えておらず、日頃は市立大謝名小、志真志小のクラブ活動や放課後教室、那覇の老健施設などでボランティアで三線指導をしている。

 岸本さんは35年の長きにわたり警察官を務めてきた。23歳で初任官したのが那覇署開南交番だった。交番向かいに三線店があり、そこの子どもたちがよく遊びに来ていたという。その縁が三線を志すきっかけになって研さんを積み、師範免許まで取得した。その後は離島、県警本部に転勤し交通、刑事畑などを歩いた。

 最後の任官地が当時の宜野湾署仲順駐在所(北中城村)だった。北中城村はエイサーが盛んで「仲順流り」の発祥地。旧盆などでエイサーの地謡や三線の指導を頼まれるようになり、駐在の任期を終えても当時の喜屋武馨村長や地域の住民が直接県警本部に行って慰留願いを出すなどし、異例の10年間、勤務したという。今でも当時の住民と深い親交がある。

 退官すると「琉球民謡で子どもたちの育成を」との思いから、学校や地域に赴くようになった。

 門下生たちはコンクールの約3カ月前になると、真栄原自治会の協力で月曜日から金曜日まで公民館ホールで課題曲を集中的に稽古する。不特定多数が見ている前の稽古で度胸をつけさせたいと、数年前から毎週日曜日、公園での披露を思い付いたという。コロナ対策で検温、マスク着用、手洗いを徹底している。

 その成果が出てコンクールで最高賞、奨励賞、新人賞が相次ぎ「確実に地力をつけている」と目を細める岸本さん。伊佐雅美さん、嵩原友利絵さん、野原温美さんの3家族は「朝の公園はすがすがしく声も響き渡る。2時間があっという間。コロナ禍が収束したら、老健施設などでの慰問公演も行いたい」と目を輝かせた。(翁長良勝通信員)=撮影時のみマスクを外しています