1億円以上負担増のケースも

[佐藤純,ITmedia]

 今、年金制度の改正が行われている。年金を受け取る年齢を遅らせる繰り下げ受給が話題になっているが、これは年金を受け取る世代の改定である。

 一方、年金制度を支える側の現役世代の改定も行われている。

 その中にまだよく知られていないが、企業経営者に大きな影響を及ぼすだろう「パートタイマー等の短時間勤務者に対する社会保険加入拡大」がある(以下、パートタイマー等をパート等と称す)。この社会保険の中に、健康保険や厚生年金保険がある。

 改定は2022年10月(従業員が常時100人超の企業が対象)と、24年10月(従業員が常時50人超の企業が対象)の2段階。

 法改定の目的は、「今後の社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図るため」としている。

 パート等の非正規社員は、今まで健康保険や厚生年金保険に加入しない人が多かったが、改定以降は要件を満たすと強制加入の対象となり、企業の厚生年金保険料などの負担が増加するわけだ。

 筆者が試算したところ、パート等100人の新規加入で年間約2300万円、300人で年間約7000万円、500人で年間約1億1500万円の負担増加という結果が出た。特にパート等を労働の主力とする小売業や製造業では影響が大きい。その留意点について解説する。

パート等の健康保険・厚生年金保険の加入要件

社会保険料の負担の概略

 健康保険や厚生年金保険などの社会保険は、まず会社がその適用事業所となり、そこで雇用される従業員は本人の意思にかかわらず強制加入となる。

 その保険料は、標準報酬月額という給与の平均額相当額に、保険料率をかけた額となる。それを従業員と会社が半分ずつ負担している。従業員は給与から控除され、会社は法定福利費として会計処理をしている。

 一方、社会保険の加入要件を満たさない主婦のパート等は、単独で国民健康保険などに加入しない限り、夫の扶養になって、健康保険は被扶養者として、年金は国民年金の第3号被保険者として社会保険に加入している。本人の保険料負担はない。

 ところが今回の法律改正によって、これらのパート等も要件を満たして単独で健康保険や厚生年金保険の強制加入対象となると、本人の保険料負担が発生し、また企業側は法定福利費が増加することになる。

現状のパート等の社会保険加入要件

 現状のパート等の社会保険加入要件は次の通りで、要件を全て満たすと必ず健康保険や厚生年金保険に加入しなければならない。

  • (1)勤務先の企業等の従業員が常時500人超である
  • (2)週の所定労働時間が20時間以上である
  • (3)給与は月額8万8000円以上である
  • (4)継続して1年以上雇用されることが見こまれる
  • (5)学生ではない

 このようにパート等に社会保険が適用される従業員数常時500人超の事業所を「特定適用事業所」と呼んでいる。

 現状では勤務する企業の従業員数が常時500人以下であれば特定適用事業所に該当せず、(2)~(5)の要件を満たしても社会保険の強制加入対象から外れていた。ただし、所定労働時間および所定労働日数に関し、正社員と比べてパート等のそれが4分の3以上の場合は、加入の対象となる。

パート等の社会保険加入要件の改定内容

 その従業員数の条件が一気に引き下げられ、22年(令和4年)10月から常時100人超、24年(令和6年)10月から常時50人超が対象となる。

 また勤務期間の要件も、22年(令和4年)10月以降は「継続して1年以上雇用されることが見こまれる」が「継続して2カ月を超えて雇用されることが見こまれる」に改定される。つまり今までは対象とならなかった短期間契約のパートも加入要件を満たすことになる。

 この改正によって新たに社会保険に加入することになるパート等は約65万人といわれている。

 社会保険加入要件の推移をまとめたものを下図に示す。

出典:日本年金機構Webサイトより

各加入要件のポイント

週の所定労働時間が20時間以上であること

 「20時間」のとらえ方がポイントとなる。これは、実労働時間ではなく雇用契約書で取り交わした1週間当たりの契約上の労働時間、つまり所定労働時間を指す。従って雇用契約で1週の労働時間が19時間とすれば加入要件を満たさず、社会保険の強制加入の対象から外れることになる。

 なお所定労働時間が20時間未満であり、実態が残業時間を含めて20時間を超える場合は注意を要す。厚生労働省のQ&Aによると、実際の労働時間が週20時間以上となり、引き続いて2月以上継続する場合は3カ月目からこの要件に該当するとしている。

月額8万8000円以上であること

 この月額は基本給と諸手当の合計で判断するが、次は除外して算出する。

  • (1)臨時に支払われる賃金
  • (2)賞与等
  • (3)時間外勤務手当(残業代)や休日勤務手当等
  • (4)最低賃金において算入対象外となる精勤手当や通勤費等

 一部の報道に「年収106万円以上」という賃金の表現があるが、法的な年収基準はなく、月額で判断されるので注意が必要である。

勤務期間

 現状は「雇用期間が1年以上見込まれること」であり、比較的長期に雇用されることが加入要件になっている。これが「継続して2カ月を超えて雇用される見込み」に改正され、対象者はかなり増加すると予想される。

 この「2カ月を超えて」の判断は、雇用契約書の内容で行われる。雇用契約書で初回の契約が2カ月以内でも、契約が更新される旨または更新される場合があることが明示されていれば、「当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれるもの」に該当する。

学生でないこと

 大学、高等学校、専修学校、各種学校等に在学する学生は適用対象外となり、加入要件を満たさない。

 ただし次の者は、加入要件を満たすことになる。

  • (1)卒業見込の者で、卒業前に就職して引き続き同事業所に勤務予定の者
  • (2)休学中の者
  • (3)夜間の定時制課程の者
  • (4)会社の命令または承認を受けた社会人大学院生等

企業に与える影響のシミュレーション

シミュレーション条件

 小売業や製造業では、積極的にパート等を採用している。中には正社員よりもパート等の人数が多い企業もある。今回の法改正で企業の保険料負担がどの程度増加するかをシミュレーションした。計算条件は次の通りである。

  • パート等の給与月額・・・12万6000円(標準報酬月額が12万6000円)
  • 健康保険の保険料率・・・9.84%(令和3年3月以降の適用分)
  • 介護保険の保険料率・・・1.8%(令和3年3月以降の適用分)
  • 厚生年金保険の保険料率・・・18.3%(令和3年3月以降の適用分)
  • 児童手当の拠出率・・・0.36%
シミュレーション結果

 児童手当を除いて、標準報酬月額に各保険料率をかけた金額を、本人と企業が折半負担することになる。新たに100人、300人、500人のパートが加入した場合、企業側に発生する新たな保険料の負担額をシミュレーションしたのが下図である。

執筆者が試算、作成

 月額保険料はパート等の1人当たり1カ月の企業負担額であり、その年間分が年額保険料である。さらに100人、300人、500人分の企業負担額も試算した。

 その結果、100人のパート等が新たに加入した場合は年間約2300万円の負担、300人で約7000万円の負担、500人で約1億1500万円の負担が企業に発生する結果となった。

考察

 想定以上の新たな負担を企業は強いられる結果となった。

 適用の企業規模が500人超から100人超に引き下げられるが、この範囲には中堅企業から多くの中小企業が含まれる。コロナ感染拡大で打撃を受け、従業員の雇用維持も困難となって、倒産に追い込まれる企業が後を絶たない。

 このような状況において、今回の改正による保険料負担増加に企業が耐えられるか──場合によっては、これがきっかけとなってさらに倒産に追い込まれる可能性もある。

 国家財政の事情もあるだろうが、民間企業の事情も考慮してもらいたいものだ。

著者紹介:佐藤純 青山人事コンサルティング株式会社 代表取締役

慶応義塾大学経済学部卒、経営管理研究科(MBA)履修。メーカー勤務後、青山人事コンサルティング株式会社を設立。日本生産性本部、労務行政研究所、商工会議所、法人会等で人事セミナーの講師を数多く務める。日本経済新聞のコラムを7年にわたって連載執筆、日経ビジネス・日経マネー誌などに寄稿。業種や企業規模を問わず多数の人事顧問に就任。

主な著書に『コンピテンシー評価モデル集』『65歳継続雇用時代の賃金制度改革と賃金カーブの修正方法』『同一労働同 一賃金の基本給の設計例と諸手当への対応』(以上、日本生産性本部)『雇用形態別・人事管理アドバイス』『雇用形態別・人事労務の手続と書式・文例』(編集責任者 新日本法令)など。

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