1950年からの本格的な米軍基地建設工事を背景に、「基地依存型、輸入経済」という戦後沖縄の経済構造の枠組みが出来上がった。終戦直後の沖縄復興を支えたのは、紛れもなく米軍基地だった。

 沖縄の人々のドル獲得の中心になったのが軍作業だ。49年ごろには、沖縄の全就業者の約15%に当たる約4万人が軍作業に従事。給与の低さから退職者が相次ぐと、沖縄を統治する米国民政府(USCAR)は基地労働者の給与を約3倍まで引き上げた。

 USCARは基地をさらに拡張するため53年4月に住民の土地を強制収用する布令第109号「土地収用令」を公布。宜野湾村伊佐浜や真和志村安謝、小禄村具志(いずれも当時)、伊江島などを「銃剣とブルドーザー」で強制収用した。

 多くの農地も農作物を強制的に撤去させられ基地へ変わった。戦前の農業中心の沖縄の経済は、基地を核とする経済に変容した。...