[すり抜ける 富と知 沖縄復帰50年]

アルミ米大手「アルコア」の沖縄進出に対する本土業者の見解などが記された外務省の文書

 日本復帰直前の1970年、沖縄への進出を表明した世界最大の米アルミ精錬会社「アルコア」を巡り、本土の大手アルミ5業者が同時期に沖縄に設立した新会社「沖縄アルミ」が、明確にアルコアの参入阻止を意図したものであったことが外務省の文書で分かった。これまでも沖縄アルミはアルコア参入阻止を狙ったものとみられていたが政府文書で裏付けられた。当時、通産省(現経産省)も琉球政府が外資参入を認めたことに強く反発し、沖縄アルミの設立を促したことが分かっている。外資に危機感を抱いた日本政府と本土業界が沖縄への参入阻止に動いたことが明確となった。(政経部・大野亨恭)

 文書は2010年に外務省が公開した外交記録で、琉球大のデータベース(琉球大学学術リポジトリ)に保管されている。

 文書は1970年12月28日、外務省であった北米1課と沖縄アルミ取締役との面談内容を記したもの。取締役の発言として、復帰後、アルコアの本土上陸を懸念し新会社を設立したと説明した上で「アルミ5社で新会社を設立したことで、アルコア社は復帰後に(国内に)合弁相手がいないこととなり、事実上、5社がアルコアを封じ込んだことになろう」と記している。

 これに先立つ6月9日付の別の文書では通産省の見解として「アルコアの進出を認めることは不適当」と政府側も問題視している。

 当時、日本政府は国内のアルミ産業の外資参入に関し「出資比率50%までの合弁企業の設立が可能」としていた。大手5社が足並みをそろえたことで、復帰後のアルコアの国内参入を阻止した、との認識だ。

 屋良朝苗主席は米軍基地に依存する経済構造の転換に向け、工業化による生産性の強化を目指し外資を積極誘致していた。アルコアは70年2月に琉球政府へ外資導入免許を申請。通産省など本土政府が難色を示す中、屋良氏は「経済自立と本土との格差是正には産業資金と技術の導入が必要」と6月27日に認可した。

 一方、アルミ5社は6月12日に外資導入免許を申請。申請時には「アルコアの進出には関係ない」としつつ「沖縄への進出のメリットは当面何もない」と沖縄での具体的な事業計画を描いていなかった。

 その後、アルコアは71年5月に進出を断念。理由は明らかにしていないが、当時は「通産省の壁が厚い」などとされていた。一方、沖縄アルミも結局事業化せず、沖縄へのアルミ外資は米、本土とも実現しなかった。

(写図説明)アルミ米大手「アルコア」の沖縄進出に対する本土業者の見解などが記された外務省の文書