宜野湾市の佐喜眞美術館にある「沖縄戦の図」の前で、絵の中の死者が乗り移ったような一人芝居に圧倒されたことがある。演じた北島角子さんが9日、亡くなった。享年85
▼1944年、パラオ発沖縄行きの疎開船が米軍の攻撃で沈没。救助されて戻ったパラオで野戦病院の看護婦見習いになり、ジャングルを逃げ回った
▼戦前、「勝った」のニュースばかりを聞かされ、日本は世界一大きな国と思っていたという。戦後、世界地図を見た時、「あい? たったこれだけな?」。狂った時代を繰り返さないと、芝居で語り継ぐ決意を固めた
▼沖縄戦を語る「島口説」「赤いブクブクー」、日本への同化を問いただす「日本じん?」…。お年寄りに「憲法9条は上等だけど条文の意味が分からん」と言われると、しまくとぅばに訳して価値を伝えた
▼北島さんの一人芝居を初めて見たのは2000年、名護市の愛楽園で。言葉が分からず、入所者が泣き笑いする姿をぽかんと見ていた。終演後、意味や表記を丁寧に教えてくれ、「頑張って」と励ましの言葉をもらった
▼日本の戦前回帰の動きや辺野古新基地問題に心を痛めたまま逝った。世界は今、排外主義やテロなど憎悪の風が吹きまくる。それでも「みんなが愛する心を持てば、平和の風が吹かないわけがない」。遺志は私たちに託された。(磯野直)