日本復帰後の沖縄観光の「起爆剤」といわれた沖縄国際海洋博覧会の開催場所が「本部半島周辺」と決まったのは、50年前の1972年2月20日だった。 復帰記念事業として開催がほぼ決まり、焦点は場所の選定。糸満、読谷、本部の3カ所に絞り込まれた。 海洋環境、用地確保、輸送といった条件があった。