[継ぐ 32軍壕](12) 第2部 保存公開のゆくえ

 観光地となっている松代大本営(長野市)の地下壕に対し、平和教育に特化して公開するのが、慶應義塾大日吉キャンパス(横浜市)の日吉台地下壕だ。

 1944年7月、サイパン島が陥落し、日本の「絶対国防圏」が崩壊。その2カ月後、海軍は司令部を日吉に移した。

 小高い丘で無線の受信状態が良いこと、地盤が地下施設の建設に適していたことなどを理由に、全長5キロにも及ぶ連合艦隊司令部の壕群が造られた。

 この日吉台地下壕も、終戦から半世紀以上、公開されてこなかった。

 市民団体「日吉台地下壕保存の会」によると、戦後は危険防止のため壕の入り口は封鎖されていた。

 しかし80年代に入って慶應の教職員らが調査した結果、歴史的にも土木工学的にも重要な施設と判明。89年、教職員と地域住民が一緒になり、現在の保存の会が発足した。

 保存公開の要望を受け、大学は壕内を清掃するなどし、2001年以降、見学する人が増えていった。

 ただ、...