「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」(光文社新書)が発売から2年近くたっても売れ続けている。著者は沖縄大学准教授の樋口耕太郎氏で、貧困の原因を「自尊心の低さ」に求める内容。立論の前提となるデータを本紙がファクトチェックすると、「誤り」や「不正確」な記述が複数あった。「根拠不明」な推測もあり、真偽がない交ぜになっている。(編集委員・阿部岳

書店で今も平積みされる「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」。周囲の本に比べても売れている=那覇市

 同書は、沖縄の問題点を繰り返し列挙する。例えばこんな記述がある。「沖縄社会における、自殺率、重犯罪、DV、幼児虐待、いじめ、依存症、飲酒、不登校、教員の鬱の問題は、全国でも他の地域を圧倒している」

 しかし、脚注をたどってデータを検証すると重犯罪、幼児虐待、いじめへの言及は「誤り」。DVは「不正確」、依存症、飲酒は「根拠不明」だった。この一文で指摘する9点のうち6点に何らかの問題がある。

 重犯罪は凶悪犯罪のデータで、沖縄の認知件数は人口比で全国18位(*1)。全く「他の地域を圧倒」していない。

 幼児虐待といじめの根拠として示した新聞記事は沖縄で増えていることを伝えているだけで、全国比には触れていない。同書刊行時点の国の統計を調べると、児童虐待は人口比で全国33位(*2)、いじめは全国11位(*3)で、「圧倒」は誤りと言える。

 「不正確」な記述のうちDVはさまざまな指標があるが、脚注で挙げた県資料では保護命令件数が人口比1~8位で推移する一方、相談件数は全国平均を下回る年もある(*4)。依存症、飲酒は肝疾患の死亡率が高い(*5)というだけで、他の統計的根拠は不明だ。

 樋口氏自身が「かなり乱暴な私の感覚」と断っているデータもある。県が県民総所得のうち基地関連収入を5%と見積もっているのに対し、樋口氏は25%との見立てを披露。さらに「ひょっとしたら50%に近いのかもしれない」と自説を展開している。

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*1 同書が引用する「2012年凶悪犯罪認知数」(100の指標からみた沖縄県のすがた2016年10月版)を、本紙が都道府県別の人口比で分析
https://www.pref.okinawa.jp/toukeika/100/2016/100(2016).html

*2 同書刊行時点で最新の厚生労働省「2018年度児童相談所における児童虐待相談の対応件数」を、本紙が都道府県別の人口比で分析
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450046&tstat=000001034573&cycle=8&tclass1=000001136626&tclass2=000001136634&stat_infid=000031907871&tclass3val=0

*3 文部科学省「2018年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/25/1412082-30.pdf

*4 沖縄県「県内におけるDVの現状」
https://www.pref.okinawa.jp/site/kodomo/heiwadanjo/danjo/documents/siryou1.pdf

*5 厚生労働省「2015年主な死因、性、都道府県別年齢調整死亡率(人口10万対)・順位」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/15sibou/dl/10.pdf

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■4万5千部発行

 「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」は2020年6月に刊行された。沖縄タイムスなどのウェブサイトへの寄稿を大幅に加筆、修正した。現在も県内書店でベストセラーに入ることがある。

 版元の光文社によると「順調に版を重ね」、現時点で9刷4万5千部が発行されている。文言の微修正はあったものの、統計データは当初から変わっていないという。

 本紙は著者の樋口耕太郎氏にインタビューを依頼したが、樋口氏は辞退した。

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 この記事は沖縄タイムス社とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。沖縄タイムス社がNPO「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のガイドラインを参照してファクトチェックしています。(随時掲載)

 

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なぜ本書のような視線で沖縄を語ってしまうのか

【識者談話】糸数温子氏

糸数温子氏

 「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」はツイートのような本だと感じている。学術書のような論拠や先行研究への目配りはなく、かといってエッセーのような思想の統一性もなく、即時的に、思いついたままをつぶやいている印象だ。

 本書は「愛」を説くのだが、その視線はパターナリズム(父権的温情主義)に貫かれている。日本より劣位にある沖縄を、劣位にあるからこそ愛し、矯正してあげる、という姿勢だ。

 経営者目線で従業員の「自尊心の欠如」を嘆くのも、労働者との間にある権力関係を直視していないために、それぞれの関心事がすれ違うことに鈍感なまま一方的にジャッジしているように読めてしまう。「人の関心に関心を注ぐ」どころか、他者の人権や尊厳に無頓着なのではないか。私たちが働く自由と権利は、経営者による施しではない。

 沖縄の低所得層は同調圧力で優秀な人を排除し向上心がない、と「モンスター化」してしまう言説は、排除型社会において、労働者がお互いを批判し分断を深めてしまう恐れがあるものだ。社会構造の中のある特定の人びとを指し示し、社会病理の責任を押し付ける描写は、「人が自分を愛することの手助け」を基軸とした社会を目指すという記述と整合性が取れない。

 「沖縄の社会構造が貧困を生み出していると同時に、沖縄経済が貧困によって維持されている」「貧困の対症療法ではなく根本原因の特定に労力を費やすべきだ」という主張には同意する。根本原因は、産業構造の変化、社会的排除、階層の固定化などさまざまな角度から論じることができる。税の再配分を求める政策提言やユニバーサルな支援を求める声、そして多様な実践が存在する。しかし本書は、挑発的なタイトルに反して、その社会構造や根本原因を追求した記述が浅いために、本書を読んだ人びとからの批判を免れないのである。

 本書を手に取った方には、なぜ本書のような視線で沖縄(の問題)を語ってしまうのか、内なる自身の差別意識にも目を向けながら、数多ある沖縄研究や貧困研究から、次の一冊に手を伸ばしてほしい。

(日本学術振興会特別研究員/沖縄セーフティネット協議会共同代表)