沖縄県那覇市の与儀公園に鎮座する機関車「D51(デゴイチ) 222」の歴史を知ってもらおうと、同公園に隣接する市中央公民館が企画した講座「D51デゴイチものがたり」が3月12日、同公民館で開かれた。参加者はデゴイチが同公園にある理由や沖縄の陸上交通の歴史などを学んだ。講師は市歴史博物館学芸員の外間政明さんが務めた。

与儀公園の「デゴイチ」=2021年11月

与儀公園の「デゴイチ」や沖縄の陸上交通の歴史など学んだ講座=3月12日、那覇市中央公民館

与儀公園の「デゴイチ」=2021年11月 与儀公園の「デゴイチ」や沖縄の陸上交通の歴史など学んだ講座=3月12日、那覇市中央公民館

 与儀公園のデゴイチは北九州市の国鉄職員が「鉄道のない沖縄の子どもたちに機関車を」との思いで寄付を集め、1973年に贈ったもの。沖縄には戦前、軽便鉄道があったが、44年の10・10空襲で壊滅した。その後、鉄道再建は検討されるも戦後、鉄が回収・売買される「スクラップブーム」の中で鉄道の鉄も取られ、実現しなかったことなどを説明した。

 ほかにも68年に、沖縄名の列車を本土に走らせようと特急「なは」が誕生するなど、鉄道にまつわる本土と沖縄のつながりも紹介され、外間さんは「当時から(沖縄を思う)大和の思いが届けられている」と話した。

 沖縄が日本に復帰した72年には、沖縄の小学生72人が北九州市の国鉄職員の招待で同市を訪問し交流したことで、国鉄職員がデゴイチを贈るきっかけとなった。講座では当時の小学生訪問団のメンバーや引率した元教諭もマイクを握り、それぞれの思い出を話した。最後は参加者全員がデゴイチを囲むフェンス内に交代で入り、間近で実物を見た。

 親子で参加した中村航大さん(18)は「50年前に小学生が『沖縄にも(デゴイチが)欲しい』と言って、実現したことがすごい」と話し、現在のデゴイチを見て「きれいな状態に直せるといいなと思う」と話した。(学芸部・勝浦大輔)