[戦後77年]

具志堅隆松さん(左)から遺骨収容作業の説明を受ける福島県などの若者世代=16日、糸満市の陣地壕

具志堅隆松さん(左)と再会を喜ぶ木村紀夫さん=16日、糸満市

具志堅隆松さん(左)から遺骨収容作業の説明を受ける福島県などの若者世代=16日、糸満市の陣地壕 具志堅隆松さん(左)と再会を喜ぶ木村紀夫さん=16日、糸満市

 東京電力福島第1原発事故の地元、福島県大熊町の木村紀夫さん(56)ら9人が沖縄を訪れ、今後の伝承活動に向けたヒントを探っている。原発事故と同じように国策の過ちである沖縄戦や基地の不条理と向き合う人々に会い、木村さんは「力をもらった」と語る。(編集委員・阿部岳

 木村さんは東日本大震災の津波で家族3人を亡くし、原発事故による放射能汚染の影響で捜索することもできなかった。今は「大熊未来塾」を立ち上げ、若者と共に教訓を次代につなげる活動をしている。

 今後の活動に生かそうと、福島や関東、関西の若者8人と来県。15日は米軍普天間飛行場の一部を返還させて開館した佐喜眞美術館を訪問した。木村さんは自由に立ち入れない自宅と重ねて「土地を奪われても、取り返している人たちがいる」と自信を得た。

 最近、大熊町に沖縄戦や沖縄近海での戦闘の戦没者4人がいることを知り「町民に沖縄とのつながりを知らせたい。辺野古の埋め立てに遺骨が使われる可能性と、底辺で共通する原発の問題点も考えてもらえれば」と話す。

 16日には沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(68)と会い、糸満市内のガマで収容作業を手伝った。具志堅さんは1月、大熊町で木村さんの次女汐凪(ゆうな)さんとみられる遺骨を見つけた。収容作業のため、今月末から再び同町を訪問予定で「沖縄と福島は似ている。困っている人のそばを黙って通り過ぎるわけにはいかない」と語る。

 未来塾の事務局を務める義岡翼さん(28)は「大熊で捜索を続けようとすると、それは社会のためになるのか、と問われる空気がある。具志堅さんには、亡くなった人のためだけに遺骨収容や慰霊をすることは間違っていないと教えてもらった」と感謝した。