沖縄県立宮古高校の校章に葉が描かれ、戦前の宮古中学校の行進曲の歌詞にも出てくるカンラン(橄欖=和名ウオノホネヌキ)の木を故郷に根付かせようと、同校6期生の平良榮賢さん(86)=那覇市首里石嶺町=が26日、鹿児島県種子島から取り寄せた苗と種を母校と市熱帯植物園の一角に植えた。カンランの移植は難しく、36年前から何度も挑戦してきた平良さんは「今度こそは」と期待を寄せる。(宮古支局・當山学)

座喜味一幸市長(右)とカンランを植樹する平良榮賢さん=26日、宮古島市熱帯植物園

宮古高校の校章

座喜味一幸市長(右)とカンランを植樹する平良榮賢さん=26日、宮古島市熱帯植物園 宮古高校の校章

 カンランはオリーブに似た中国南部または東南アジア原産の常緑高木。宮古島にはなく、鹿児島県の一部で栽培されている。

 戦前、鹿児島出身で宮古中教諭だった俳人の故・篠原国堅(俳号・篠原鳳作)さんが行進曲を作詞した際に「香りも高きかんらん」と地元の樹木カンランを歌詞の一部に入れ込んだ。平良さんはカンランの木を実際に見たことはなかったものの、なじみが深かったと話す。

 1976年に恩師の池間昌彦さん(故人)が宮古高校長に就任した際、教え子有志でお祝いしたいと申し出たところ、生物専門の教師だった池間さん自身も詳細を知らないカンランを「母校に植えたい」との思いがあると知った。

 平良さんは篠原さんの出身地・鹿児島にあるのではないかと探し回り、10年かけて種子島で発見。86年に苗木を提供してもらったが育成に失敗した。池間さんが退職後の88年、再び別の場所から提供された苗を母校の創立60周年記念で植樹したが約1メートルまで成長して枯れた。その後も数回挑戦するたびに失敗していた。

 2年前、薬用植物資源研究センター種子島研究部から市が苗を譲り受けて育成。この日、種と共に同校と植物園に植えた。「これが最後のチャレンジ。播種(はしゅ)もしているので、今度は順調に育つのではないか」と市に育成を託した平良さん。共に植樹した座喜味一幸市長は「思いをしっかり受け止めて育てたい」と語った。

 種類は違うが、オリーブは洋橄欖と訳され、旧約聖書「ノアの箱舟」で洪水の後に放ったハトが小枝をくわえて戻った伝説がある。郷土に平和、栄光、新しい文化が到来することを象徴するものとして同校の校章に採用され、智・仁・勇の精神を表す「三つの矢」と共にデザインされている。