15日で沖縄の日本復帰50年となるのを前に、沖縄県の玉城デニー知事は7日、日米両政府に対し、米軍普天間飛行場の速やかな運用停止や名護市辺野古の新基地建設断念、日米地位協定の改定を求める新たな建議書を発表した。米統治下の琉球政府が復帰前の1971年秋にまとめた「復帰措置に関する建議書」(屋良建議書)の多くが実現していない状況を踏まえ、基地問題は構造的で差別的であり、早期解決が必要と訴えた。玉城知事は会見で「50年前の建議書は今も生き続けていることを確認し、県民の魂を込めて今回取りまとめた」と意義を強調した。

記者会見で「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を手にする沖縄県の玉城デニー知事=7日午後、県庁

「新たな建議書」の骨子

記者会見で「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を手にする沖縄県の玉城デニー知事=7日午後、県庁 「新たな建議書」の骨子

 玉城知事は10日、上京し日米両政府関係者に建議書を手渡す考え。岸田文雄首相や関係閣僚、衆参両院議長、駐日米国大使らとの面会に向け調整している。

 建議書は全5章。前半では沖縄戦から復帰50年を経てなお残る基地問題などの課題を検証し、それを踏まえ第4章で知事がかねて作成検討を公言した沖縄のあるべき将来に向けた「宣言」、最終章は日米両政府に申し立てる「建議」と位置付けた。A4判で15ページ。

 建議書では辺野古新基地建設の断念など構造的、差別的といわれる基地問題の早期解決を図ることなど4点を日米両政府に求めた。「差別」という表現を盛り込んだ意図について玉城知事は、沖縄に在日米軍専用施設の7割が集中している現状に触れ「日米安全保障は国全体で担うべきだが7割はあまりにも沖縄への依存が強過ぎる。差別的という捉え方をされている」と説明した。

 また復帰時に県と政府が共有した「沖縄を平和の島とする」目標は達成されていないとして基地の整理・縮小を求めた。

 15日の県の復帰記念式典で、玉城知事は建議書の第4章の項目を再構成し「宣言」として読み上げることを検討している。

(政経部・又吉俊充)

■知事一問一答 

 玉城デニー知事の会見での主なやりとりは次の通り。

 -どんな思いで練り上げたのか。

 「50年たって変化して良かったもの、これ以上の変化はどうなのかと立ち止まって考えなければならないもの、変化せずに現状まで来ているからこそ変化させなければならないことを議論し、意見を交わした」

 -書きぶりで悩んだか。

 「特に悩むというよりも、50年前の建議書で掲げたことと、今回あえて掲げることとの整合性と相反性も考えなければならず、一番、調整に時間を要した。企画部を中心に、この50年間の経緯、課題等についてしっかり検証した」

 -建議書を出すことで基地問題への世論を再び喚起させたい思いがあるのか。

 「あえて世論を喚起するというよりも、解決するための不断の努力を政府に対して求めたい。われわれも未来に向かって県民と共に歩んでいく思いを改めて確認し、記述した」

 -建議書が政府の辺野古断念への突破口になるか。

 「現時点で沖縄が自ら取るべき努力と、政府がそのことを確認し、共に協調して取り組む重要性と必要性が込められている。対話による辺野古移設と普天間の解決をこれからも政府へ求めていきたい」

 -15日の復帰式典で建議書を読み上げるのか。

 「いま、まさに検討中。どの部分をどのように引用するか、重点的に織り込んでいくかをしっかりと詰めていきたい。宣言か式辞という形になるのかも含めてしっかり検討したい」
 

■屋良建議書とは

 【ことば】復帰措置に関する建議書 沖縄が日本に復帰する前年の1971年、屋良朝苗行政主席の下で作成され、米軍基地撤去などを日本政府に要請した132ページの文書。「はじめに」で「県民は基地のない平和の島としての復帰を強く望んでいる」と記した。県民の福祉を最優先に(1)地方自治権の確立(2)反戦平和の理念を貫く(3)基本的人権の確立(4)県民本位の経済開発-を骨格に、復帰後の沖縄像を描いた。

【関連記事】

【全文】平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書

【ニュース断面】屋良建議書の理念を継承 「総花的で迫力不足」の声も

【解説】問われるデニー知事の発信力