[屋良建議] 復帰に当っては、やはり従来通りの基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおります。

 屋良朝苗主席は、戦争につながる一切のものを否定し「反戦平和の理念を貫く」と訴えた。27年もの間、統治された米軍と、自衛隊の県内配備に断固反対の意志を示した。

 沖縄では戦後、米軍が「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強制的な手法で民間地を接収。1972年の復帰当時、全国にある米軍専用施設面積のうち、沖縄は全体の58・7%(総面積約2万8千ヘクタール)を占めた。50年がたち、総面積は33・7%減の1万8千ヘクタールに縮小したが、全国に占める割合は70・3%で、沖縄の負担はむしろ増している。

平和発信 最大の好機

 96年2月。県議会は沖縄の米軍基地の縮小や日米地位協定の改定などを訴えるため、超党派が渡米した。前年の95年9月に起きた米兵暴行事件を受けての抗議だったが、米国とは受け止めに「大きなギャップがあった」と要請団の事務局長を務めた保守系議員の幸喜勝氏(78)は述懐する。...