1958年公開の米映画「大いなる西部」は西部劇らしくない西部劇だ。グレゴリー・ペック演じる主人公は東部出身の船乗り。初めて訪れた西部の因習に染まらず、銃も持たず、信念を貫く

▼荒くれ者に挑発されても、「名誉と名声は男の財産だ。闘え」と促されても、「名誉を守って死ぬ必要はない」。水源地を巡って敵対する二大勢力の間に丸腰で立ち、戦いの無意味さを説く

▼公開当時は米ソの冷戦期。核開発競争が過熱し、一歩誤れば世界は一瞬で破滅の危機にあった。ウィリアム・ワイラー監督は劇中の争いに冷戦を投影させたといわれる

▼そして2017年。トランプ米大統領が派遣した原子力空母を「無敵艦隊」と誇示すれば、北朝鮮は「一撃で水葬する」と威嚇する。米朝の、子どものような言い争いが現実の国際政治として進む

▼日本は一体何をしているのだろう。唯一の戦争被爆国として、国際紛争解決のために武力を使わないと誓った憲法を持つ国として、米朝に自制を促し、説得に汗を流すのが取るべき道ではないか

▼だが政府は1日、安保関連法に基づき、米艦防護の名目で海上自衛隊の護衛艦を出動させた。金正恩氏の行動を理解するのは困難だが、米国と一緒になってのけんか腰では危機が増大する。「力が全て」の安っぽい西部劇に巻き込まれるのは絶対にごめんだ。(磯野直)