敷地内は雑草があちこちに伸び、屋根にはツタが覆い始めていた。50年前の5月15日、政府主催の復帰式典が行われた那覇市民会館。老朽化で6年前から休館し辺りは静けさに包まれていた。当時、復帰式典のすぐそばで1万人集会が開かれ、熱気に満ちた与儀公園に声は響かず、人影はまばら。梅雨空だけがあの時と同じだった。

50年前に復帰式典が開かれた那覇市民会館は休館中で周囲は静けさに包まれていた=15日午後3時すぎ、那覇市・与儀公園

 続いた雨が小休止となった午後2時半、与儀公園をウオーキング中だった島袋義彦さん(72)は「復帰から50年たつけど“本土並み”は達成されていない。米軍基地が減ることに期待したんだけど」と残念がる。

 復帰当時は琉球大学生で、仲間と沖縄のあるべき姿を議論した。復帰式典の横で開かれた与儀公園での復帰協主催の抗議集会にも参加した。「復帰によって生活レベルがある程度向上したのは良かった。後は基地問題だね」

 公園のベンチに腰かけた翁長キヨさん(88)は50年前の復帰式典を出稼ぎ先の大阪から中継で見た。「10年ぶりに沖縄に戻って沖縄の良さが身に染みた。人情があるさあね」

 新都心のショッピングセンターに向かう途中、与儀公園に自転車で立ち寄った南風原中の小川晴琉(はる)さん(14)と郡奈央人(なおと)さん(15)は「基地がなくなって、鉄軌道が走り、遊園地でにぎわう沖縄になってほしい」と話した。

 公園に隣接する市立中央図書館に子ども2人を連れ訪れた会社員の宮良大介さん(38)は「本土側の沖縄ヘイトも目に付く」としながら、「自分の本土の友人はみんな理解がある人ばかり。子どもたちにも国内外に友達をつくって、平和な島の実現を目指してほしい」と話した。(社会部・城間陽介)