[沖縄の生活史~語り、聞く復帰50年]

 沖縄タイムスの復帰企画「沖縄の生活史~語り、聞く復帰50年」第2部は、読者と双方向・参加型の紙面を目指している。「聞き手」への参加を呼びかけたところ、160人の応募があり、その中から100人を選んだ。「聞き手」が祖父母や父母、恩師など身近な人から「語り手」を選び、生活史を聞き取っている。沖縄戦やその後の米軍統治、そして日本への復帰が、個人の生活にどのような影響を与えたのか。監修する沖縄国際大学の石原昌家名誉教授(平和学)と立命館大学の岸政彦教授(社会学)に、企画の意義などを寄稿してもらった。

■沖縄国際大名誉教授 石原昌家さん

沖縄戦、根幹に関わる語り

 

 岸政彦立命館大学教授による「東京の生活史」の方式による「沖縄の生活史」が、沖縄タイムス社の大型企画として始動して、半年足らずでその成果が沖縄タイムス紙面で連載されることになった。

 その掲載予定第1号の原稿を一読したとき、一人からの聞き取りでも、いろいろな歴史の証言が語られていることが分かった。100人からの聞き取りということになると、どれほどさまざまな社会的事象が浮かび上がってくるのだろうという思いを抱いた。

 座間味島で1930年に生まれ、国民学校2年生の時に父親を戦争で亡くした語り手は42年、国民学校5年生で沖縄から36人の遺児のうちの1人に選ばれ、靖国神社へ参拝し、「父に対面して」という作文を宿で書かされたという。

 私は戦後77年のいま、このような語りが聞けるとは思いもよらなかった。『具志川市史』第5巻で「アジア太平洋戦争と日米最後の戦闘・沖縄戦」を執筆したおり、41年3月26日の『大阪朝日新聞』記事で、沖縄県の靖国の遺児27人が「靖国神社に神鎮まる“懐かしの父”と対面するために東京駅に到着した」ことを知り、戦前の沖縄が靖国化されていく姿を記録した。

 その翌年の体験を92歳の方がいま、語っていることに驚いたのである。「海は戦場化」していた時、靖国参拝させられた時代を振り返り、「遺児たちは死んでもいいと思っていたはずよ」と語るのは戦争国家を糾弾していると読める。

 それに連動するかのように元ゼミ生が本企画の聞き取りで、54年大阪から靖国の遺児として参拝したことも聞き取りしている。

 92歳の座間味の女性は、沖縄戦体験の根幹に関わることも語っている。慶良間の強制集団死事件である。上原先生がカミソリを研いでいるのを見た人たちから「先生に首を切られる」という伝聞と、本人自身が先生から「自決してもよろしい?」と確認されたという証言である。

 国家(大状況)と個人(小状況)という観点でいうと、国家(軍隊)の意思としては、44年の県民指導方針、「軍官民共生共死の一体化」が大状況で、死が前提にされていた。「上原先生がカミソリ」というのは事実(小状況)であっても、真実は「軍事機密」を知る住民も死を強制されていたのである。

 読者には事実と真実を判別することが求められるのは、常につきまとう生活史の読み方でもある。(平和学)

 いしはら・まさいえ 1941年生まれ。那覇市出身。沖縄国際大学名誉教授。著書に「国家に捏造(ねつぞう)される沖縄戦体験-準軍属にされた0歳児・靖国神社合祀(ごうし)へ」「証言・沖縄戦-戦場の光景」など。

■立命館大教授 岸政彦さん

人々の暮らし 感じられる

 

 いよいよ「沖縄の生活史」第2部が始まります。この企画は、沖縄の一般の方々から「聞き手」を公募し、ひとりの聞き手がひとりの語り手から生活史を聞き取り、原稿にする、というものです。

 100人が100人分の沖縄の人生を聞いて、それぞれ1万字の原稿を作り、すべて集めて1冊の本にまとめます。この紙面にも掲載されます。18日はその、記念すべき1回目です。

 どんな方にどんな話を聞くのか、ということについて、特に決まりはありません。100人の方が自由に、ご自身の家族や知り合いにインタビューします。ただひとつだけ、復帰50周年企画ということで、「復帰の日に何をしていましたか」という質問だけは、共通して聞いていただきます。面白いのは「記憶にない」「普通に仕事していた」という語りも多いところです。

 「復帰」とは何でしょうか。5月15日には、50周年として、さまざまなイベントが行われ、メディアには記事が溢(あふ)れました。しかし本当のところ、復帰とは何か、沖縄の戦後とは何か、そして沖縄にとって「日本」とは何か、ということは、一言で言えるものではありません。

 本企画で集まる、沖縄の一般の方々の人生の記録も、みなそれぞれに違っていて、ひっくるめて一言でまとめることはできないでしょう。そして、そのようにして集められた生活史を読んでも、沖縄の復帰や戦後について、なにか一言で言えるような「知識」が得られるわけでもないと思います。

 それでは、たくさんの生活史を集める意義はどこにあるのでしょうか。

 生活史の聞き取りは、言葉にすると当たり前になりますが、沖縄には「人々が暮らしている」ということを「感じる」ためのものだと思います。ここに集められる膨大な人生の語りを読むことを通じて、私たちは、沖縄には「人々が暮らしている」のだ、ということを、あらためて心から感じることになるでしょう。

 そして、私たちの政府は、そうした「人々」の頭上に軍用機を飛ばし、その海に土砂を投入し続けているのです。

 沖縄の人々の生活史を読むといつも、沖縄の青く美しい海に、深く深く潜っていくような気持ちになります。本企画を通じて、生活史の豊かさと美しさ、そしてその切実さを感じてもらえたら、と思います。(社会学)

 きし・まさひこ 1967年生まれ。立命館大学教授。専門は沖縄、生活史、社会調査方法論。著書に「同化と他者化-戦後沖縄の本土就職者たち」「街の人生」「はじめての沖縄」など多数。