[沖縄の生活史~語り、聞く復帰50年]第2部(4) 語り手 赤嶺千穂子さん(73)(下) 聞き手 知念渉さん(36)※前編から続く

 -ギターを始めたのはいつからですか。

 -(夫・芳弘さん)実際に店をやってからだな。一緒になってからだな。

 ママは店をやってからの時も全然やらなかった。

 -(夫)あの頃(若い頃)はアコースティックも普通のフォークソング時代ではないわけ。バタヤン(田端義夫)時代だから。バタヤンを自己流で弾いてたわけさ。「十九の春」とか「島育ち」とか、ああいうのをよ。こういうあれだったんだけど、本格的にやるとなったのは店でメンバーがいるでしょ、プレーヤーが教えてくれて。

 -お店ってG7のことでしょ。26年前でしょ。だったら49とか、50手前くらいだよね?

 そうだよ。

 -(夫)それくらいか。それくらいから始めた。

 -ママは大変だった? 向こう(移転前)にいたとき、学生を相手にしていたときは。

 そうそう。大変だった。ほら練習の時はみんな1人はガサガサ、1人はガサガサ、音が全然バラバラさ。めっちゃやかましかったさ。これを経て、あんたたち上手になってきたから、何バンドか組んで、ライブしてね、ってさせていたさね。ママがね。そんなもんさ。...