[あなたが遺した物語](5)橋本顕彰さん

動画で余命宣告を受けたことを報告する橋本顕彰さん。病状や終活についても伝えながら、「奇跡さんお待ちしています」と明るさを見せた=2021年11月(ユーチューブより)

バイクで全国を回り、各地のがん患者と対談した橋本さん。その様子は動画にまとめ、ユーチューブで配信した=2020年(提供)

浦添青年会議所時代はわんぱく相撲に力を入れた橋本さん(手前左)。力士を呼び、子どもたちを喜ばせた=2016年

橋本さん(前列中央)ががんと闘う仲間に「希望を届けたい」と企画したがんトークイベント。堀ちえみさんや全国のがん患者が集った=2021年11月、那覇市・てんぶすホール

動画で余命宣告を受けたことを報告する橋本顕彰さん。病状や終活についても伝えながら、「奇跡さんお待ちしています」と明るさを見せた=2021年11月(ユーチューブより) バイクで全国を回り、各地のがん患者と対談した橋本さん。その様子は動画にまとめ、ユーチューブで配信した=2020年(提供) 浦添青年会議所時代はわんぱく相撲に力を入れた橋本さん(手前左)。力士を呼び、子どもたちを喜ばせた=2016年 橋本さん(前列中央)ががんと闘う仲間に「希望を届けたい」と企画したがんトークイベント。堀ちえみさんや全国のがん患者が集った=2021年11月、那覇市・てんぶすホール

 2021年11月6日、橋本顕彰(あきら)さん(享年44)は自ら企画したイベントの舞台に命懸けで立っていた。「自身と同じがんと闘う仲間に夢や希望を届けたい」と開催したがんトーク。舌がんを経験したタレントの堀ちえみさん(55)や全国の患者が集うこのイベントを何としても実現したかった。

 最も進行したステージ4の肺腺がんが判明してから3年余。新型コロナウイルスにも感染し病状は悪化した。イベント当日は、立ち上がるのも話すのもつらい状態。それでも酸素吸入器を着けてステージに上がり「がんは治らない病気ではない」「やりたいことをやろう」と前向きな言葉を発し続けた。

 無事に終えると自ら楽屋で救急車を呼び、病院へ。それから1カ月もたたずに旅立った。

 最期まで生きる希望を失わず、亡くなる数日前にホスピスの病室で更新されたSNSには「ここからの復活劇をお見せしますねー」とつづっていた。

 橋本さんは福岡県で生まれ育ち、09年に沖縄に移り住んだ。13年から浦添青年会議所(JC)に所属し、社会活動に励んだ。

 好奇心旺盛で人なつっこい性格。思い立ったら即行動に起こすため、周囲をヒヤッとさせることもあったが、JCの後輩の比嘉隆之さん(42)は「一緒にいて楽しかった。みんな顕彰さんが大好きだった」と話す。

 力を入れる事業の一つ、わんぱく相撲に「横綱白鵬(当時)を呼びたい」と主張し、一歩も引かなかった逸話も残る。「無理だ」とあきれるメンバーをよそに出演交渉に奔走し、直談判を果たした。白鵬の参加はかなわなかったものの元小結臥牙丸らの来県は実現、子どもたちを喜ばせた。

 にぎやかにお酒を酌み交わすのが好きで、よく食べ、よく飲んだ体に異変が起きたのは17年。せきや血たんが出るようになり、18年1月に「がんが進行していて、手術はできない」と告げられた。

 それからは、自分のために好きなことをして過ごそうと海外を旅した。がんと闘う人たちを「少しでも勇気づけたい」と、19年にユーチューブチャンネルを立ち上げる。20年9~11月には全国を回ってがん患者たちと対談。その様子を動画で紹介した。

 「諦めなければ回復も見込める」「サバイバーの経験を聞いて前向きになってほしい」と願い、亡くなる直前まで発信した。近くで闘病を支えた友人の桃原聡さん(59)は「また全国でがんトークをしたい」と前を向く姿勢に「私の方が支えられた」と感謝する。「ぐったりしていても弱音は吐かなかった。元気になったら一緒に全国を回りたかった」

 父博さん(67)=福岡県=にとっても、めげない息子が心の支えになった。橋本さんが「余命1カ月」と宣告された頃、博さんは前立腺がんが分かり、不安な気持ちを抱えていた。

 息子の病室を訪ねた昨年11月中旬、「引っ越すから手伝ってほしい」と頼まれた。退院の見込みはない。それでも「海の見える、過ごしやすい部屋で暮らしたい」と前を向き、手続きを進めていた。「こんな姿を見せられちゃ、私は生きるしかない」。がんと向き合う覚悟が決まった。

 「あきらステージ4のがん対談番組『ガントーク』」と題したホームページやユーチューブは今も見る人を励まし続ける。全国を回っている時に知り合った菅原宗亮(ひろあき)さん(32)=埼玉県=は、橋本さんに「発信を続けてほしい」と託された。

 28歳で舌がんを患い、生きる目標を見失いかけた時もあったが「ステージ4でもやりたいことをやる橋本さんの行動力に元気をもらった」という。サバイバー仲間と共に、遺志を受け継ごうと考えている。「またがんトークができたら。沖縄で集まれたらうれしいですね」

 (学芸部・嘉数よしの)

=第4水曜日に掲載

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