[沖縄の生活史~語り、聞く復帰50年]第2部(10) 語り手 吉本良子さん(97)(下) 聞き手 荒井聡さん(38)※前編から続き

 -はー。そんなに大変。

 大変。農業というのはそんなに簡単にできないよ。体力が大変。私はもう、病気。相当人より多く病気したんだが、こんな長らく生きるって珍しいんだ。

 -これはじゃあもう、無理して働いたから。

 だから。あんなに働いた人がこんなに長生きするの、私珍しいって。キビ100トンっていったらもう、大変でない?(笑) あの、とがってるシマがあるでしょ。ギミの崎って、出ているところがあるでしょ。こっちを開拓して、そこでそれだけ作ったわけ。

 これを、〇〇産業が買ったわけ。して、これはもうやめて、また牛と豚と。はー、もう(ため息)。もう、こんなにあれ(農業)した人っていないよ。牛の表彰状、あっちにたくさんあるよ。それをみんな、おうちがないから、倉庫にそのまま。表彰状からトロフィー、いっぱいあっちにあるよ。

 -品評会みたいなのに出して。それで賞を受けたらもう、お父さん頑張って育てた。

 父ちゃんは、だから、93歳に亡くなった。90まで車持って歩きよったがよ、これやめさせたからよ。すぐ弱ったわけ。もう年だからね、駄目、車持つなって言って取り上げたからよ。弱っちゃったわけ。あちこち遊びに歩きよったよ。もう遊ぶのが上手。話がうまいから(笑)。

 -お父さんはどんなして遊んでたの? 今の聞いたら全然遊んでないけど。

 -(息子)おやじはもう毎日、人のお家(うち)ばっかり歩いて。畑もしながら、夜、そういうのもまたあれやんば。アッチビサーというやつやんばー。いつでもどっかに行ったり。茶飲み友達たくさんいたんでないの。

 お酒(泡盛)も飲まん、ビールも飲まん。人におごるのは上手。自分は飲まないくせによ。

■10歳上の夫と縁

 -とっても気のいい人だったんだね。すごく仕事熱心だから、どうやって遊んでるのかねと思って聞いてたんですけど。じゃあ、そのお父さんはテニアンでどんなふうに知り合ったの?...