宜野湾市大山区に広がる田芋畑。かつては「大山ターブックヮ」と呼ばれる美田地帯で、田芋は田んぼの隅に植えられていた。田んぼが田芋畑に変わったのは1965年ごろ。休耕地がまったくないほど田芋生産が盛んになり「田芋を売ったお金で鉄筋コンクリートの家がどんどん建った」(60代男性農家)という。田芋バブルとその後の生産者の減少は、実は米軍統治下の「輸入米」や復帰後に値上がりを続けた「軍用地料」と関係がある。(中部報道部・平島夏実)

 湧き水が豊富な大山区。終戦後に収容所から帰村を許された大山の住民は、接収されずに済んだ田んぼ地帯で島米の栽培を再開した。片隅に、自分たちで...