海外に住んでいるというだけで最高裁裁判官の国民審査に参加できないのは「違憲」である。最高裁大法廷はそう断じた。裁判官15人の一致した意見だ。

 憲法で保障された国民の権利をないがしろにしてきた国の責任は重い。国会は速やかに法改正に応じなければならない。インターネット投票も含め検討を進めるべきだ。

 2017年の国民審査の際、海外在住を理由に審査用紙が配られず、投票できなかった映画監督ら5人が、国を訴えていた。

 大法廷は、在外邦人の投票を認めない現行の国民審査法は公務員の選任・罷免を保障した憲法15条や、国民審査を規定した79条に違反し、「違憲」との初判断を示した。

 注目したいのは、国民審査権を「選挙権と同様、憲法で保障された国民の権利」と明確に位置付けた点である。

 最高裁は「憲法の番人」と呼ばれ、法令などが憲法に違反していないかどうかを最終的に決定する。その判断は「判例」とし、社会や生活に大きな影響を与える。

 だからこそ最高裁裁判官を国民がチェックする国民審査権は選挙権と同じくらい重要なのだ。

 国は訴訟で選挙権とは異なり「不可欠な制度とは言えない」、裁判官の名前を印刷する必要があり「準備が間に合わない」などと反論していた。選挙権に比べ重要性を低く見る乱暴な言い方で、国民の権利を軽視している。

 裁判所が国の主張を退けたのは当然と言え、違憲判断も当然の帰結である。

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 海外在住者の国政選挙を巡っては、最高裁が05年に比例代表しか投票できないのを「違憲」とする判決を出した。

 判決を受けて、国は公選法の規定を改正。2年後には選挙区でも投票可能になった。だが国民審査は「置き去り」にされてきた。

 大法廷は、遅くとも17年の国民審査までに立法措置が不可欠だったのに「約10年の長きにわたり、正当な理由なくこれを怠った」と国会の不作為を厳しく非難し、国家賠償も命じている。

 今回の訴訟では19年の一審東京地裁も、20年の二審東京高裁も違憲との判断を下している。

 なぜその時点で立法措置に動かなかったのか。「怠慢」のそしりを免れない。

 外務省によると昨年10月時点で、海外で暮らす日本人は約134万人。そのうち18歳以上の有権者は約100万人に上る。

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 最高裁が法令自体を憲法違反と判断するのは、今回で11例目だ。

 審査される側の裁判官が全員一致で違憲としたことは、別の見方をすれば、いかに重要な権利であるかというメッセージでもある。

 ただ1949年に始まった国民審査で、罷免された裁判官はこれまで一人もいない。

 ふさわしいかどうかを判断するのは難しく、情報不足から形だけの制度になっているという批判もある。

 違憲判決を機に国民審査の活発化にも力を入れるべきだ。