普段何となく分かっているつもりの歴史的事象を、いざ突き詰めて考えてみるとおぼろげな輪郭以上のことではないことに気づかされる。

沖縄は未来をどう生きるか(岩波書店・1836円)

 例えば、なぜ沖縄戦で住民はスパイ視されたのか、なぜ戦後初期に大勢を占めていた独立論が日本復帰運動に反転していったのか、なぜ沖縄に在日米軍基地は集中し、日米両政府は辺野古に執着するのか、なぜ外務省沖縄事務所には一国並みに大使がいてモスクワや北京やワシントンと同じように暗号解読機器を備えているのか、そしてなぜ沖縄の民衆は抵抗し続けるのか。

 こうした沖縄の近現代史の結節を刻む出来事と沖縄の人たちの生き方に関わるいくつもの〈なぜ〉に、豊富な経験と識見から語りおろし、解を開示してみせたのが本書である。第1部「『沖縄の歴史』を知ることの意味」と第2部「沖縄の自己決定権」から成るが、読者の意表を突いて出来事の背後に回り込み、未知を垣間見せてくれるのは、おそらく鉄血勤皇隊員として凄惨(せいさん)な沖縄戦を生き延び、アメリカ留学経験もある元県知事と、ソビエト崩壊時の激動の中に身を置き、外務省国際情報局勤務経験を持つ作家の境界横断的な洞察力によるものだろう。リアルポリティックスの表も裏も知悉(ちしつ)し、沖縄をめぐる政治力学の虚実をふるい分け、浮かび上がらせる。

 だが、何といっても本書の核心は、1995年に3人の米兵による少女レイプ事件の衝撃から立ち上げられた沖縄の鳴動を、大田県政が沖縄の県政史上類のない幅で政治空間に課題化したことや、途絶えることのない〈抗(あらが)う沖縄〉に注目しているところであろう。その内実を決定しているものこそ何あろう、日本政府による構造的沖縄差別と終わらない植民地政策であり、沖縄の自己決定権への胎動である。

 大田昌秀と佐藤優、二人の対話を波立たせているのは、繰り返し立ち返っていく〈原点としての沖縄戦〉と、久米島に母方の故郷を持つ〈遠隔地ナショナリズム〉である。この二つが出合い、交差するところに、沖縄の歴史の深層が探り当てられ、未来への扉が開けられる。(仲里効・映像批評家)

 【著者プロフィール】おおた・まさひで 1925年久米島生まれ。元沖縄県知事。沖縄国際平和研究所理事長。「沖縄のこころ 沖縄戦と私」など著書多数▽さとう・まさる 60年東京都生まれ。元外務省主任分析官。作家。「国家の罠」など著書多数