重要無形文化財「宮古上布」は糸作りから、反物をたたき均一に仕上げる砧(きぬた)打ちまでの工程を手作業でする400年余の伝統を持つ織物だ。戦前、地域の繁栄を支えたが、沖縄戦で中断。戦後、織物組合を再建し復興に取り組む。熟練職人に、道具や作業工程に残る「みゃーくふつ(宮古言葉)」を聞いた。(宮古支局・仲田佳史)

機織り用の糸を用意する際に使う(手前から)「つみぐる(小管)」「ぴずき(投げ杼)」「やま(糸車)」

「てぃずまぃす(手くくり)」する下地達雄さん=11日、宮古島市上野野原の市伝統工芸品センター

漂白された糸を「ばふ(糸巻枠)」に巻き取る作業をする平良清子さん

機織り用の糸を用意する際に使う(手前から)「つみぐる(小管)」「ぴずき(投げ杼)」「やま(糸車)」 「てぃずまぃす(手くくり)」する下地達雄さん=11日、宮古島市上野野原の市伝統工芸品センター 漂白された糸を「ばふ(糸巻枠)」に巻き取る作業をする平良清子さん

道具・工程に伝統の響き

 「かすり模様の図案は『いーず』、藍で染めることは『あ★ずみ』、織ることは『ぬぬうぃどううぃ』」。下地達雄さん(73)=宮古島市平良西仲宗根=は中学生の頃、母親が織り手だったことから小遣い稼ぎで図案作りを始めた。宮古上布に関わって59年。今では、宮古言葉で作業工程を紹介できる数少ない一人だ。(※編注 ★は「い」に「゛」)

 宮古上布は「ぶー(苧麻(ちょま))」の表皮を剥ぎ、その後、「ぶーんみ(苧麻糸績み)」で糸を作る。下地さんは「てぃずまぃす(手くくり)」の職人だ。

 「てぃずまぃす」は反物の図柄に合わせて、糸をくくる。藍染め後、くくった糸を取り除く。糸を織り上げると鳥や草木などの模様が表れる。下地さんは宮古上布独特の緻密な模様「紺十字絣」の名人だ。

 宮古上布は重要無形文化財指定の際、糸作りやかすりの模様付け、機織りを手作業ですることと決められた。かつては各工程に専門の職人がおり、分業していた。

 だが、作業時間が長い割に賃金は低い。組合の後継者育成事業でも織り子の希望者がほとんどだ。そのため織り以外の職人が不足。熟練の職人が若手をサポートしながら作業する。

 下地さんは、作業工程を宮古言葉で受け継げないのは、担い手不足が関係あるとみる。「時間をかけて専門的に教える機会がないから使える人もいなくなっている」

 下地さんが模様付けした糸束は、1度ほどかれて「ぶーばーす台(かすり糸の仕分け機)」で1本ずつに分けられ、機織用糸として再度、巻き上げられる。この作業ができる若手は少ない。職人歴58年、平良清子さん(79)=市平良荷川取=が若手分も仕分けている。平良さんは「覚える工程はたくさんあり、一つの作業でも身に付けるのは大変。15年やってなんとか1人前になれる」と話す。

 「やま(糸車)」を回して、糸を「つみぐる(小管)」に巻き付け、機織りで使う「ぴずき(投げ杼(ひ))」に収める。「ぱた(機織り機)」に縦糸と緯(よこ)糸をセットすれば、機織りの開始だ。模様がずれないように、位置を確認しながらの作業は、1反(幅約40センチ、長さ約12・6メートル)織るのに熟練で3カ月。初心者だと1年もかかる。

 平良さんは、若手を指導する際、宮古上布の伝統を伝えようと宮古言葉で道具を説明する。「島外から学びに来る人が多く、皆一生懸命にやっている。伝統を絶やさないため、伝えていきたい」と話す。