板橋区立美術館学芸員・弘中智子さん(37)=山口県出身

 約80年前の東京・池袋界隈(かいわい)。家賃の安いアトリエ付き住宅が立ち並び、全国各地から上京した若い芸術家が集った。駅周辺の酒場では日々、熱い議論が交わされた。美術村を形づくっていた一帯は、仏パリの芸術家街になぞらえて「池袋モンパルナス」と呼ばれ、その中には、沖縄から上京し、後に県内美術界をけん引することになる画家の山元恵一、南風原朝光や詩人の山之口貘らの姿もあった。

ニシムイ美術村の魅力などについて語る弘中智子さん=東京・板橋の板橋区立美術館

 板橋区立美術館の学芸員として、その「池袋モンパルナス」を研究し、沖縄と東京のつながりについて調査を重ねてきた。

 そもそも同美術館は池袋モンパルナスの研究が設立目的の一つ。調査を続ける中で、終戦直後の那覇市首里の西森(ニシムイ)で、東京美術学校(現在の東京芸大)出身の山元や名渡山愛順らが中心となり、美術村が出来上がっていったことを知る。「全国でも美術村はそうあるものではない。沖縄と池袋は似ている」。自然と沖縄出身の芸術家研究にのめり込んでいった。

 高校まで山口県で育ち、両親の影響で幼い頃から美術館に通った。大学進学で上京。美術作品の中でも時代を反映するものに関心があり、身近な存在だった美術館の学芸員を志した。

 何より、ニシムイの多様性に引かれる。戦争で焼け野原になった沖縄で、作風の異なる者が集まり、職業人として再起していく中で、文化的空間が醸成されていく。「現在活躍している画家や、(69年の歴史がある)沖展に連なっていくのも興味深いですね」

 来年2~4月に予定している展覧会「東京⇔沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展の開催に向けて、足しげく沖縄に通い、準備に余念がない。

 戦前池袋で過ごした画家の親族を訪ね、当時の資料がないか聞き取りをしているほか、県立図書館では戦前の沖縄の新聞に目を通し、画家たちがどう取り上げられているのか調べるなど、精力的に動いている。

 あの頃の若き芸術家たちは、学校で絵画技術を学びつつ、池袋の街で、出身も年代も異なる仲間との触れ合いを通じて、芸術家精神を培っていったと感じる。

 県出身者らが1934年に結成したとされる「在東京沖縄美術協会」も、いつまで続いたのか、どんな活動をしていたのかなど、分かっていないことも多い。

 「画家以外にも声楽家や映画監督、脚本家などさまざまな芸術家がいた。どんな交流があったのか、鮮やかに浮かび上がってくれば面白い」。時空を超えた探求心は尽きない。(東京報道部・西江昭吾)=連載・アクロス沖縄(49)

 【プロフィール】ひろなか・さとこ 1979年、山口県下松市生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科の博士課程を単位取得退学。2006年から板橋区立美術館で学芸員として勤める。同館では08年に戦時下の画家を紹介する「新人画会展」を開催。11年には「池袋モンパルナス展」も企画した。