「最初から折ってあると思っている人も多いけど、一つずつ折っているんだよ。これが大変でね」。笑顔を浮かべながら、真新しい制服のスカートにアイロンで次々と折り目を入れていくのは、読谷村高志保で50年以上続く老舗クリーニング店「読谷クリーニング」店主の島袋勝正さん(59)。歴代村長も常連で地域に愛された同店が、7月10日に閉店する。機材の更新期限が迫っていることや、燃料の高騰などがあるためだ。(中部報道部・仲村時宇ラ)

制服のスカートの折り目を一つ一つ丁寧にアイロンがけする読谷クリーニングの島袋勝正さん=読谷村高志保の同店

読谷クリーニング店

制服のスカートの折り目を一つ一つ丁寧にアイロンがけする読谷クリーニングの島袋勝正さん=読谷村高志保の同店 読谷クリーニング店

 読谷クリーニングは、現在の位置から少し離れた場所で1966年ごろ、島袋さんの両親が開業した。当時の利用者は主に米兵。軍服が多く持ち込まれた。

 「当時は洗濯機などの機械を買うお金もなかったんだと思う」と島袋さん。両親がドラム缶に入れた洗濯物を大きな棒でかき回し、手作業で洗っていた姿を覚えているという。

 今の場所に移ったのは約50年前。子どもの頃から仕事を手伝い、自然と店を継いだ。

 一番忙しかったのは80年代後半。「店を開けているとひっきりなしにお客さんが来てしまうから、シャッターを下ろして洗濯していたよ」と振り返る。服は高価で、大切に着られていた時代だった。

 しかし、かりゆしウエアが普及し始めると、クリーニングの依頼は激減。安価な服も一般的になり、需要がさらに落ち込んだ。

 「ライフスタイルや生活の仕方が変わっているからね」と島袋さん。しかし、シャツ1枚のクリーニング料金は40年前から変えていない。「お客さんとの信頼関係があるから続けられた。両親が無一文から始めたクリーニングで家も建てられ、読谷の人には本当に感謝している」と話す。

 閉店を惜しむ常連客も多い。10年来の常連だという平井雅さん(56)は「腕が良くて頼りにしていた。周りのみんなも、これからどこに頼めばいいのとショックみたい」と残念がった。

 ただ、閉店を控えながらも島袋さんの表情は晴れやかだ。「何をするかは決めていないけれど、辞めた後が楽しみ。笑顔で去りたいんです」。引退後の家族旅行や、ゆっくり過ごす時間に思いをはせていた。