[戦後77年]

「戦争の起こらない社会をつくっていってほしい」と話す玉木利枝子さん=16日

(下)玉木さんからの手紙を前に「受け継いだ記憶と思いを伝えたい」と話す金城陽詩さん=21日、沖縄タイムス社(画像の一部を加工しています)

「戦争の起こらない社会をつくっていってほしい」と話す玉木利枝子さん=16日 (下)玉木さんからの手紙を前に「受け継いだ記憶と思いを伝えたい」と話す金城陽詩さん=21日、沖縄タイムス社(画像の一部を加工しています)

 沖縄戦の語り部として、平和の大切さを訴え続ける玉木利枝子さん(88)は2年前、平和への思いをつづった中学生の新聞投稿に感動し、手紙と体験記を送った。中学生は今、開邦高校2年生になった。金城陽詩(ひなた)さん(17)。玉木さんとのやりとりをつづった作文が今年の「児童・生徒の平和メッセージ」の作文部門高校生の部で最優秀賞を受賞した。慰霊の日の23日、メッセージを展示する糸満市の平和祈念資料館で読み上げる。「受け継いだ記憶と思いを伝えていきたい」。託されたバトンをつないでいく。(社会部・當銘悠)

 交流のきっかけは金城さんに届いた一通の封筒。玉木さんの体験記が入っていた。破壊されるまち。次々と犠牲になる家族。道に折り重なる遺体-。戦場の様子が克明に記されていた。

 「たった10歳で体験したことなんだ」。読むのがつらい。危機感も抱いた。「私たちが記憶を受け継がなければ、薄れていってしまう」

 幼少期から曽祖母の戦争体験を聞いていたが、詳細を教えてもらう前に亡くなってしまった。「沖縄戦を詳しく知らない自分に何ができるのか」。そんな戸惑いを抱えていた。

 玉木さんからの手紙にはこう書かれていた。「私たち実体験者にはもう時間がありません。でも、貴方(あなた)がいる。受け継ぐ使命感にあふれる貴方がいる。ありがとう」。思いを託されたようで、背中を押された。

 何度か文通を続けてきた。「伝えようという思いがうれしい」という玉木さんの言葉に「学び、感じてきたことをちょっとでもいいから自分の言葉で伝えられたら」と思っている。

 将来は外交関係の仕事や国連で働くのが夢だ。「平和への思いを胸に、世界中で困っている人を支援したい」。来月からは米国留学を予定する。現地の人たちと歴史や思いを共有することで、視野を広げたいと目標を語った。

 10年以上、ガイドとして活動してきた玉木さん。子どもたちに自分の体験を伝える時は、当時の状況を想像してほしいから語りかけている。「あなたたちは砲弾が飛び交う中にいたくないでしょ」「自分たちが置かれる社会をしっかり構築していってほしい」。次世代へ、思いを託している。