米連邦最高裁が人工妊娠中絶について憲法上の権利を認めないと判断した。中絶を合憲とした1973年の「ロー対ウェード判決」(ロー判決)を「根拠が薄弱で著しく間違っていた」と覆したのである。

 ロー判決は「中絶の権利は女性の基本的な権利」として、米国でそれまで違法とされていた中絶を合憲とした。

 ただし胎児に与える影響も考慮し、母体から出ても多くの場合生きていける妊娠24週以降の中絶は母体の生命・健康を守るために必要な場合を除いて禁止できるとも判断した。

 当時、判事9人のうち共和党政権下で指名された5人を含む7人が中絶を合憲とすることに賛成。当否は92年にも争われたが、保守派が優位な判事構成でも覆されることはなかった。

 しかし約半世紀を経て、こうした状況は変わった。共和党のトランプ前大統領はロー判決を覆す判事の人事を公約に掲げ、対する民主党は女性の権利を守るなど、見解は「党派化」した。

 今回の訴訟では、妊娠15週より後の中絶を原則禁じるミシシッピ州法の合憲性を認めた。判事9人のうち、トランプ氏が送り込んだ3人を含む保守派5人が73年の判決を覆すことに賛成。1人は州法の合憲性を認めつつ、判決を覆す必要はないとした。リベラル派3人は反対した。

 背景には、トランプ前政権下で司法の保守化が進んだことがある。誰のための司法なのか。米司法制度の問題も浮き彫りになった。

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 今回の判決で各州は中絶を厳しく制限したり、禁じたりすることができるようになった。全米50州のうち、保守派が大勢を占める約半数の州で、中絶が禁止あるいは厳しく制限される恐れがある。

 望まない妊娠に悩む人は少なくない。産むか産まないか、いつ何人子どもを持つかの自己決定権を指す「リプロダクティブヘルス・ライツ」は近年、女性の人権の重要な概念の一つとなっている。

 今回の判断後も中絶を認める州に移動して処置を受けることは可能だが、貧困や虐待、性暴力被害など厳しい事情を背景に中絶を求める女性にとって、遠く離れた州へ行くことは困難だ。中絶禁止は女性の命や安全を脅かしかねない。

 今年3月の米世論調査では、回答した61%が「中絶は合法であるべきだ」とし、「違法にするべきだ」(37%)を大きく上回った。今回の判決は、米国民の大半の意見にも反している。

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 過去25年間で50カ国超が、女性の権利擁護の一環として中絶の権利を拡大する方向で法改正を実施した。今回の判決はそれにも逆行する。

 バチェレ国連人権高等弁務官は「女性の人権や男女平等に対する大きな打撃だ」と批判。各国首脳からも懸念の声が上がっている。

 バイデン米大統領は連邦議会で中絶の権利を法制化する必要性を訴える。安全な中絶は、女性の選択権として国際人権法に根差していることを鑑みれば、党派を超えた対話と理性的な議論を望みたい。