レフェリーが試合を止めた瞬間の東京・有明コロシアムで、見ず知らずの観客と抱き合ってしまった。20日、プロボクシング比嘉大吾選手(21)の世界王座奪取劇。観戦歴は長いが、試合を見て泣いたのは初めてだ
▼減量を放棄した前王者と、直前にパニック障害に襲われながらも体重を落とした比嘉選手では大きなハンディがある。楽をした者か、正直者か。試合前に話した関係者は全員「厳しい」と予想した
▼不利を承知で挑んだ勝負で、比嘉選手は動きの速い前王者を愚直に追い続けた。相手の危険なアッパーを最小限に抑え、固い拳をねじ込んで倒すこと計6度
▼ジム創設から22年、世界王者を育てられず、具志堅用高会長(61)は閉鎖を考えていた。妻とマネジャーにだけ伝えたが、比嘉選手はうすうす気付いていたという。「会長の笑顔が見たい」一心で戦い、師は「夢をありがとう」と涙で抱き締めた
▼会長のことが大好きだ。同じテーマ曲で入場し、相手が倒れるまで手を止めない姿もうり二つ。アフロはパーマ液が肌に合わず断念したが、新生カンムリワシは力強く羽ばたいた
▼会場は指笛が鳴り響き、揺れに揺れた。沖縄でも多くの人がテレビにかじりついただろう。不利でも戦い抜く姿に、沖縄の今を重ねた人もいる。大吾、ありがとう。カンムリワシ師弟の勇気を見習いたい。(磯野直)