歴史の面白さは、評伝の厚みと深さにあると、よく言われる。例を挙げると、中野好夫の『蘆花徳富健次郎』(筑摩書房)、萩原延寿の『遠い崖-アーネスト・サトウ日記抄』(朝日新聞社)等は、人物と時代の緊張・悩み・葛藤の連鎖を表現して、歴史の醍醐味(だいごみ)を堪能させてくれる作品である。

沖縄、時代を生きた学究 -伝 東江平之-(沖縄タイムス社・2160円)

 本書も沖縄の戦中・戦後史を学究東江平之の生き方を通して浮かび上がらせた評伝で、近年稀(まれ)にみる労作だ。時代と個人が完全に重なり寄り添うことは、ほとんどないのかもしれないが、個人史の中で、不思議とある一時期に、過去のすべてが一点に集中し、燃焼することはあるかもしれない。著者は、分析対象の東江の仕事・論文「沖縄人の意識構造の研究」の作成過程にその焦点を求めているように見える。とはいえ、生活史研究の視点で救い上げられた幼、少年期の叙述の中にも歴史的沖縄の経験と状況が鮮明に描き出されていて、戦争体験の実相を知る上でも貴重な叙述となっている。

 東江の戦後の歩みは、確かに戦時の過去を引きずりながら進む。過酷な沖縄戦を生き抜き、米軍統治下で支配者の国アメリカに留学するという幸運に恵まれたエリートの一人である。大学での勉学は、東江を研究者・学者としての知識人に変容させた。この幸運が、また彼を悩ます元凶となって襲い掛かるのである。その内部での葛藤が期せずして時代状況の反映と意識されるとき、人は歴史の前面に押し出されることになる。

 知的表現者としての東江は、専門の学問に集中する未練を持ちながらも、留学で仕入れた学問的な知識を自己の内部に宿る沖縄人意識の解明に向かわせた。宿命的ともとれるこのコースは、避けては通れない関所であったかもしれない。学究的な知識人とは「無告の民」に責任を持つ人に違いない。

 著者は、東江の論文の内容とその反響をその微妙な分野を冷静にしかも丁寧に解き明かす。本書の分析の力点の極みかと示唆する。読者は一つの提起が時代像としての連想を深めるであろう。(我部政男・山梨学院大学名誉教授)

 【著者プロフィール】つじもと・まさひろ 1972年奈良県生まれ。東北大学大学院准教授。専門は社会心理学。著作に「語り-移動の近代を生きる」