1935年撮影時の説明に「糸満で、漁から帰る夫を待つ1枚」とある1枚。中央右隣りの若い女性について、上原啓子さん(84)ら複数の人が「ミスー(ミチュー)バーチー」と通称を覚えている。バーチーは「おばさん」ほどの意味。取材では本名は判明していない。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる。띱 西島本和江さん(81)は戦後、20代半ばのころ、この人が「姓は上原だったと思うが、50代くらいで、もっとふっくらしていた時」に雑貨や果物を売っていた前端区の店を訪れた。「店は娘が継いだが道路拡幅のため今から7、8年前に立ち退いた」と語る
1935年撮影時の説明に「糸満で、漁から帰る夫を待つ1枚」とある1枚。中央右隣りの若い女性について、上原啓子さん(84)ら複数の人が「ミスー(ミチュー)バーチー」と通称を覚えている。バーチーは「おばさん」ほどの意味。取材では本名は判明していない。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる。띱 西島本和江さん(81)は戦後、20代半ばのころ、この人が「姓は上原だったと思うが、50代くらいで、もっとふっくらしていた時」に雑貨や果物を売っていた前端区の店を訪れた。「店は娘が継いだが道路拡幅のため今から7、8年前に立ち退いた」と語る
漁から戻った船から、魚を取る女性たち。もとの写真説明には「魚を買い取っていく」とあるが、海では現金のやりとりをしていなかったという証言がある。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる 1935年撮影時の説明に「糸満で、漁から帰る夫を待つ1枚」とある1枚。中央右隣りの若い女性について、上原啓子さん(84)ら複数の人が「ミスー(ミチュー)バーチー」と通称を覚えている。バーチーは「おばさん」ほどの意味。取材では本名は判明していない。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる。띱 西島本和江さん(81)は戦後、20代半ばのころ、この人が「姓は上原だったと思うが、50代くらいで、もっとふっくらしていた時」に雑貨や果物を売っていた前端区の店を訪れた。「店は娘が継いだが道路拡幅のため今から7、8年前に立ち退いた」と語る
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