ボクシング王国・

金城眞吉

沖縄を築いた名伯楽

金城眞吉

1969年からボランティアで指導を始める。具志堅用高ら延べ40人の全国王者を育て上げた。本職は消防士。85年からは自宅に合宿所とジムを造り、選手と寝食を共にした。

1944年、那覇市首里生まれ。少年時代を米軍統治下にあった沖縄で過ごす。体の小さな選手が大柄な米兵に倒される姿を見て

「俺なら勝てるのに」

と闘志を燃やした

だが、本土では沖縄流けんかボクシングは通用しなかった

「本土に負けない沖縄の選手を育ててみせる」

金城は指導者としての道を歩み始めた

金城は沖縄の言葉で高校生を励まし続けた

経済も学力も甲子園でも本土に歯が立たないー。

「その逆境をバネにしてほしかった」

1985年、自宅を改造し、ジムと合宿所を設けた。

妻の故清子さんと二人三脚で、身銭も切りながら若者の人生を預かった

「勝負だから負けたっていいんですよ」

「そこで何を考え、次に向かって何を努力したのか、

それが人生につながっていく」

末期がんが発覚した後も最期まで病と闘い続けたが2017年、73歳で生涯を閉じる

「自分に勝て」を体現し続けた人生だった。

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